歴史美術テーマ展示
「おかえりなさい!ミス福島」
概要 会期:2月16日(土)〜3月16日(日)
会場:福島県立博物館 常設展示室歴史美術
観覧料:常設展料金でご覧になれます。
     大人・大学生260円(210円) ( )内は20名以上の団体
     高校生・小中学生 無料
 県立博物館に1体の端正な顔立ちの日本人形がやってきます。ミス福島と呼ばれ、愛称は「福島絹子」。実は80年以上も昔の昭和2年(1927)10月24日に福島女子師範付属小学校の講堂で送別会を開き送り出し、11月10日に横浜港からアメリカに旅立ったのでした。どういう理由でこんなことが行われたのでしょうか。それについては深い深い物語がありました。
 大正時代も終わりのころ、アメリカへの移民をめぐって日米関係に亀裂が入り始めていました。関係悪化をなんとか防ぎたいと立ち上がった人がいました。シドニー・ギューリックという、日本に25年間も滞在した宣教師です。彼は愛する日本とアメリカの関係改善を心から願い、アメリカで募金を集め日本へ親善の人形を送るという運動を思いつきました。それで「世界児童親善会」を組織し、教会を通じてボーイスカウトやガールスカウトなどに呼びかけ、これにこたえ、なんと270万人もの人々がかかわり、実際に1万2739体もの人形が日本に来たのでした。そのうち福島県には323体がやってきました。人形は手縫いの衣装を着て、手書きの手紙、パスポートや乗船チケットまで持っていてまるで一人前の人間のようでした。
 日本からお礼の人形をアメリカへ、という運動がおきました。この人形交流の日本側の中心には日本資本主義の父といわれ、数多くの企業を起こし、社会活動にも熱心だった渋沢栄一がいました。天保11年(1840)生まれの彼は80を越える年齢をものともせずに精力的に活動するのです。各県1体ずつ、6大都市代表、植民地が4体そして日本代表1体の計58体の豪華な大型市松人形を、アメリカのクリスマスに間に合うように大急ぎで製作しました。人形には送り出す子どもたちの手紙も一緒だったのです。
 この中に福島県代表のミス福島さんもいたのです。落ち着き先はテキサス州ハウストン市の美術館だったのに、いつのまにか流出して個人の持物になっていました。そして昨年アラン・ペイトという人形研究家が買い求め、9月に突然日本に修理のために持ち込んで、故郷福島県での展覧会を強く望んだのです。願いを託された答礼人形の研究家の高岡美知子さんは八方手を尽くして福島県に呼びかけたのです。ようやく12月になるころ、高岡さんと県立博物館は連絡を取り合って、展覧会開催を決めました。お迎えするのは県内に残された15体の青い目の人形。せっかく送ってきた人形も戦時中に焼かれたりして17体しか県内には残っていないのです。80年以上の間をおいてやっときた再会の日。人形たちの背後には80年前の日本とアメリカの民間親善交流の壮大な試みが横たわっているのです。そしてそれらはいずれもあふれんばかりの善意をもった人々の成し遂げた仕事でもあったのです。
主な展示
資料



答礼人形 ミス福島(個人蔵)

福島県内の青い目の人形

メリー
(福島市立水保小学校蔵)


(福島市立荒井小学校蔵)

メリー
(福島市立福島第三小学校蔵)

ジャン・マリー・ネルソン
(梁川中央保育園蔵)

ドロシー・ダウン
(川俣町立川俣小学校蔵)

ベティ
(二本松市立渋川小学校蔵)

リリィ
(二本松市立渋川小学校蔵)


(郡山婦人会幼児保育所蔵)

バーニス・マスカーチン
(郡山市立守山小学校蔵)


(郡山市立湖南小中学校蔵)

ベティ・マイ・リチャーズ
(西郷村立熊倉小学校蔵)

ベティ・ジェーン
(白河市立白河第二小学校蔵)

メリー
(いわき市立小川小学校蔵)

アンナ
(旧私立坂下幼稚園蔵)

メリー
(只見町立只見小学校蔵)



ジュリーとヨッちゃん
大澤静江(ペンネーム西芳寺)さん
<写真展示>


(須賀川幼稚園)
<写真展示>
昭和55年(1980)、会津若松市内で不動産業を営んでいる所有者の兄が、引っ越しの手伝いの際、処分すべき人形を、妹に譲ったものである。それから数年後の昭和63年頃親善人形であることが分かり、以来静江さんは人形の送られた小学校を探し求めておられる。 戦時中はご住職が人形を、隣接するお寺にかくし、戦後は園舎の押入にしまわれ、ひな祭りには飾られていたという。服装は3代目で、昭和58年展覧会のため先生たちが作った。なおこの人形を見て悲しい思い出が蘇る世代の方々もおられるだろう、という配慮から貸出はしていない。



青い目の人形を抱く渋沢栄一昭和2年3月3日
(渋沢史料館蔵)


日本青年館での答礼人形送別会昭和2年11月4日
(渋沢史料館蔵)

ワシントンにおける歓迎会 昭和2年12月27日
日本人男性は松平容保公の息子松平恒雄駐米大使。左の男性がギューリック博士。日本代表の人形を渡す少女は大使の娘正子さん。(渋沢史料館蔵)

その他の展示資料

ミス福島のお道具(個人蔵)
渋沢栄一宛 シドニー・ギューリック博士書簡 1928年6月7日(渋沢史料館蔵)
人形の歌 1927年3月3日(青い目の人形の歓迎会で歌われたもの)(渋沢史料館蔵)
親善人形歓迎会ニ関スル電報 (下書) 1927年3月4日(歓迎会翌日に渋沢よりギューリック宛電報の下書)(渋沢史料館蔵)
Gift of Friendship  (1927年3月14日ニューヨークタイムズ記事の訳文)(渋沢史料館蔵)
日本国際児童親善協議会の議事録 1927年5月18日(渋沢史料館蔵)
National Reception for the Japanese Doll Ambassadors of Goodwill  1927年12月27日(渋沢史料館蔵)
日本親善人形使節に対する亜米利加の歓迎(渋沢史料館蔵)
日本親善人形の亜米利加に於ける歓迎 概況 シドニー・ルイス・ギューリック(渋沢史料館蔵)
アサヒグラフ 第8巻第10号(人形大使歓迎号)個人蔵(渋沢史料館蔵)
Dolls of Friendship  シドニー・ギューリック著 個人蔵(渋沢史料館蔵)
親善人形パスポート(旧私立坂下幼稚園他 蔵)
親善人形パンフレット(梁川中央保育所他 蔵)
答礼人形パンフレット(西郷村立熊倉小学校他 蔵)
歓迎会写真(郡山市立湖南小中学校他 蔵)
昭和2年日誌(郡山市立湖南小中学校蔵)
その他、人形の着替えなど


関連
行事
オープニングセレモニー
 2月16日(土)10:30〜 常設展示室 歴史・美術
 答礼人形研究家 高岡美知子さんの解説があります

講演会 「80年前の国際交流―人形交流は人間交流―」
 3月1日(土)13:30〜 講堂
 講師 答礼人形研究家 高岡美知子さん